音 楽

1960年代の半ば、銀座の電通通 りにある、ホテル日航ミュージックサロンでシャンソン歌手としてデビュー。
 
石井好子の石井音楽事務所の専属となる。

1965年、キング・レコードのオーディションに合格、専属歌手となりレコード を発売しだした。
  「消え去りし友」「愛は燃えている」「君は我が命」「夜のメロデ ィー」など。  
  当時大手レコード会社と専属契約を結んでいるかいないかはとても重要で、契約無 しの歌手とは、大リーグとマイナーリーグぐらい、格付けの差があった。
  銀座のホテル日航ミュージックサロン、銀巴里などのライブハウスや、パリ祭のツアーの司会や歌、テレビ、ラジオ、日本中にあった音楽鑑賞団体への出演など、
  シャンソンの中心的歌手として長い間活躍していた。
  しばらく歌手活動を休んでいたが、1990年のレイモン・ルフェーブル・グラン ド・オーケストラ日本ツアーでは、司会をしながら唄い、
  フランスの大編成オーケストラで唄った経験のある、数少ない日本人歌手。
  レパートリーは世界に流行ったシャンソンのスタンダード・ナンバーの名曲で、そ のほとんどをフランス語で唄っている。
  現在は主に、ポール・モーリアやピアニストのリチャード・クレイダーマン、ミッ シェル・ルグランなど、フランスのアーティストのコンサートの司会をしながら、
  歌 手としてのライブ・ショー。


2000年7月にはアメリカと日本で僕のシングルCDが販売された。ペリー・ラマ ルカ編曲指揮による40人のフルバンドの伴奏で、アズナブールの
  「愛のために死す」 と「人々の言うように」がフランス語でレコーディングされた。3000枚発売され、 売り切れた。
  中国、上海のラジオ番組でこの歌が紹介され、評判になる。2002年2月。中国 で最大のレコード会社により、上記のCDが発売される。
  最近ポール・モーリアが僕の編曲をしてくれている。編曲といっても、彼がシャル ル・アズナブールの為に編曲した大編成オーケストラのものを、
  僕のために五人編成 にしてキーを変えてくれるのだが、編曲だけではなく、営業で使えそうなカラオケも 作ってくれている。
  僕がシャンソンに打ち込んでいるのを知り、助けてやろうと思ったらしい。もちろん全部プレゼントで、パリには足を向けて寝られないと思っている。
  レイモン・ルフェーブルも、1990年僕のために書いたグランド・オーケストラのアレンジを五人編成のバンドように書き直してくれた。

ディスコグラフィ


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最新マキシシングル
「Hajime with The Perry La Marca Orchestra」

 Hajime chante Aznavour
  1:Mourir D'Aimer
  2:Comme Ils Disent
 The Perry La Marca Qrchestra
  3:First Love(H.Utada)
  4:PM Feeling