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ESSAY

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日々の出来事


 三月、お雛様の日、箱根のホテルで目覚めた。豪華なもんだぜ。
大きな部屋の中の、大きなシングルベッドが二つ並んだ、右側のキャンバスのような縦長の窓には、緑が美しい山肌の斜面に、白い蒸気が噴き出し揺れていた。前の日カーテンは閉めず、ベッドライトは本が読めるほどに明かりが灯っていた。
 洗練された本格的中華料理のフルコースを味わい、野天ぶろに浸かり、「春眠暁を覚えず」と眠りをむさぼっていたがまだ春は遠い。
 小田原から箱根までは、大活躍している路線バスが曲がりくねった道をようやっと登ってきた沿道には、ピンクの花びらで覆われた早咲きの梅の木が、僕らを歓迎してくれていた。
 
 ここは箱根のエクシブ箱根離宮。
 会員制のホテルだが、雰囲気は豪華でゆっくりくつろげる。
 僕ら暁星の同級生たちで行く、同じ箱根ながら一泊二食付きで一万円の、木造モルタル雨漏り付きで、野天風呂からは子連れ狼が出てきそうな宿屋とは風格が違っている。
 お弟子さんがホテルの会員で、3人のすごい昔のお雛様たちに招待されてやってきた。
 皆シャンソンが好きで話題には事欠かず、大いに恵まれた人生を送ってきた女性たちが、夫の悪口を軽快に楽しむのも聞いてあげた。僕の返答はいつも同じ「誰の収入でこんな優雅な暮らしをなさっているのですか」
 ふと手を伸ばした「柿の種ピーナッツ」には、明治屋、ピーナッツは千葉産と書いてあった。

 前回のコンサートはほぼ理想的だった。
 数曲、歌詞が入り乱れる場面があった。集中力を失うのが原因だがこれは修復できる。ボクサーでさえ集中力の持続は難しいというから、これから年齢を重ねるに従ってより注意しなければいけない。
 しかし曲によっては、ほぼ理想に近い唄い方ができたような気がする。ジャズはジャズらしく、シャンソンは特徴を活かしながら、そして課題の「カルーソー」は大拍手だった。感動して、お辞儀をしながら、下げた両手を前の方にあおって、「もっともっと」と拍手を強要したかったが、教養が邪魔になってやめた。
 僕の唄い方では、全力で感情を表現するのをいさぎよしとしない。喜びも悲しみも、軽く触れていきながら唄っていく。粋に紹介していき、あとはお客様の感性にゆだねていくのだ。努力の多くは歌詞の記憶とリズムに乗ることに心を割くが、やはり作戦というか、一曲づつの構成は大事だ。
 大げさに表現する歌は唄いごたえがあって、下手くそには魅力的なのだろうが、表現がオーバーになったら手に負えない。「年増の厚化粧」みたいなものだ。「おーい、注射注射」と叫びたくなる。そこの出し入れはセンスと才能なのだが、これはファッションのセンスとよく似ている。
 「カルーソー」のようなドヤ歌で、今回は大幅なドヤ風を試みてみた。サビで自分なりの最大の表現をするのだ。
 お手本として、まずフランス語で歌っているミレイユ・マティユー、二種類の唄い方をするパバロッティーと、常に大げさなララ・ファビヤン、そしてこの歌の作曲家ルチオ・ダーラを参考にした。
 昔から唄われている名曲のカンツオーネをフランス語ではじめて唄うのだが、「はじめてだから大目に見てね」は、通用しない。
 「すげー、こんなカルーソーは、はじめて聴いたぜ」ぐらいの評価を得なければ、もうお弟子さんたちから箱根のホテルには招待されない。
 この歌の歌詞を覚えるには苦労した。まず、長いのだ。
 メロディーとの関係はわからないが、歌詞には覚えやすいもの、覚えにくいものとあるが、これは後者だった。リハーサルの時までダメだったで、お客様には「自爆テロのような感じで唄う」とご紹介したが、本番ではようやく間に合った。

 次のコンサートではララ・ファビヤンが胸を突き出し、イル・ディーボがホモ風に格好をつけながら唄っている「アダージョ」を唄ってみようと思う。もともとはクラッシックの「アルビノーニのアダージョ」だ。
 ララ・ファビヤン風にと思ったが、付き出す豊満なオッパイもなく、腹なら出ているが色気は出ない。彼女はイタリア語と英語でこの曲を唄うが、フランス語がない。女性用の歌詞では具合が悪いと思っていると、ファン・クラブの一人がデミス・ルソスの歌を見つけてくれた。
 ファン・クラブというのは、以前のポール・モーリアやレイモン・ルフェーブルのファン・クラブで、最盛期には一万人を超す人数がいたらしいが、今では極端に少なくなっている。しかしながら知識は豊富で、知識以外でも、例えば「タイタニック」のフランス語の歌詞はないかなどと頼むと、数日で見つけてくれる。
 デミス・ルソスは数年前68歳で亡くなったが、フランスではレジオン・ドヌール勲章を授与されている。豪快にフランス語で「アダージョ」を歌い飛ばしている。一人の女性ではなく、「女性」を尊敬し愛する、スケールの大きな歌になっているが、僕の場合はどうすればいいのだろう。先ずは歌詞を覚えるのが先決だ。

 前回のコンサートではフランソワーズ・サガンの原作「冷たい水の中の小さな太陽」から、ミッシェル・ルグラン作曲の映画のテーマ、「Dis moi」。そしてピンク・フロイドのギター、デビッド・ギルモアも唄っている、ビゼーの真珠採りから「耳に残るは君の歌声」。これはジョニー・デップが主演している映画のテーマでもある。そして「カルーソー」3曲覚えたが、次のコンサートではどんな曲を見つけられるだろう。
 この三曲は全てフランス語で唄われ、僕のいう「シャンソン」のカテゴリーに入っているのだ。
 よくライブハウスで、「歌は皆同じです」といいながら、ジャズ、シャンソン、カンツオーネ、そのうえ井上陽水とか、「では小椋佳さんから」などと、あらゆるジャンルを唄う歌手がいる。
以前はオジヤといわれ軽蔑されたものだった。信念が見えないのだ。
 カラオケならいいが、それをシャンソン系のライブハウスでやられると、聴いているだけで肥溜めに足を突っ込んでしまったような気分になる。
 確固たる理想もなく、あちこち食い散らかすような歌を唄う歌手には魅力を感じられないが、皆様はどう思われるだろう。だってシャンソンの中だけでも、知れば知るほど汲み尽くせない宝の山なのだ。

 以前、映画のテーマだけを選びコンサートをした。もちろん全てフランス語だ。
 黒いオルフェの「カーニバルの朝」や、「悲しみよさようなら」。通常はポルトガル語だがフランス語歌詞もある。マルセル・カミユ監督だ。「男と女」や「パリの巡り合い」。最近唱いはじめた「手のひらに書いてあったから」は、映画「歓楽街」のテーマだ。モーリス・シュバリエが唄っていたが、最近蘇って映画で使われた。「ドクトル・ジバゴ」でさえ仏語歌詞がある。映画のテーマは知られているのが最大の長所だ。
 ジャズをテーマに、ジャズだけのシャンソンコンサート?をしてみたいとも思う。
 ジャズの多くはミュージカルから来ている場合も多く、ヒットするともちろんフランスでも上演され唱われる。マック・ザ・ナイフはクルト・ワイルで、もともとは「三文オペラ」だ。多分イギリスが舞台だったと思う。ジャズの場合、何をジャズと評するかも問題になる。
 「スターダスト」は永遠のテーマだ。よりによって難しい曲を探さなくてもいいのに挑戦してみたくなる。2、3回は唄ったが、メル・トーメが夢枕に立って、「お前さんそれでいいのかい」と優しく微笑みかける。
 「スピーク・ロー」などは、題名を聞いただけで武者震いが出る。粋だ。僕の次回発売されるCDに入っている。

 お客様に十分満足していただくためには、日本語歌詞のシャンソンも唱わなければならない。
元々の詩を知ってしまうとちゅうちょするものが多い。内容がメチャメチャで、なんだか自分がバカになったような気がするのだ。それでもましなものを選び、幸い、朝日カルチャーで扱ったシャンソンが約100曲ある。すべて譜面が揃い、そこに歌詞がつき、僕が唄った教材が揃っている。それらをワンコンサートに二曲ぐらいは唄うようにしている。

 最近の嬉しいニュースは、友達の輪が少しづつ広がっていることだ。
 ホーム・ページを見てコンサートの申し込みをしてくれるお客様も出はじめた。
 以前より歌が好きになってきているし、少しづつ責任も持てるようになった。
 こうして我がシャンソン人生も一歩一歩前進している。

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