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ESSAY

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夏の木陰

「どこの誰のお引き合わせか分からないけど、この4人で昼飯を食えて本当に嬉しいよ。今日のことを考えて昨日はほとんど眠れなかったよ」。
64才にもなる男が、まるで子供のようにはにかんで喜びを隠そうとしなかった。

前の日に農園経営家のギは、レイモン・ルフェーブルの家で、夕食のメロン・オ・ージャンボン(メロンとハム)食べながら、「ハジメ、よかったら明日、昼飯をごちそうするよ」と誘ってくれた。
料理をするようなタイプではないので、「ギが料理を作るんだったら、命がけで食べに行かなければね」とボクがからかうと、「いやダニーが作っておいてくれたアルエット・サンテット(牛肉の包み料理)があるんだ」と答えた。
女房のダニーは、昨日から孫たちと一緒にバカンスに出かけ、10日ほど帰ってこないらしい。
それで、昨日はルフェーブル邸で夕食を食べた。
ボクの知っているフランスの夕食は、昼より軽めのばあいが多い。
レイモンが「おや、ハジメを誘ってボクは誘わないのかね」と凄むと、ギは待ってましたとばかりにレイモンも誘ったのだった。

ギの、ブドウ畑の真ん中にある作業場の片隅には、オリーブ、プラタナス、マロニエなどが並んで大きな木陰を作っている。
今日も30度を超す暑い日差しが照りつけているが、湿気のない南フランス木陰は、涼しい憩いの場所になっていた。
レイモンとボク、主人のギ、そしてもう一人招待されたルイは、食前酒のカンパリやパスティスを飲みながら話を続けた。
ルイの女房はルフェーブル邸で週に一度、掃除婦として働いている。

ギはまたしても、現在の状況を確認するように、「昨日は嬉しくて眠れなかったよ」といった。
ギには、レイモン・ルフェーブルはそれほど大事な存在なのだろうか。
なんでこれほど喜ぶのかよく分からなかったが、嬉しそうな顔を見ているうちに、自分まで誇らしい気分になっていた。

ボクがルフェーブルの家に滞在する期間は、ボクらの仲間、ルフェーブル夫妻、近所に住む、スパルタカス夫妻、ギ夫妻が、みんなを夕食に招待するのが習慣になってきている。
すでにルフェーブルは、エキサンプロバンスの、寿司、焼き肉、天婦羅のマルチレストランと、この近隣にある湖の側のフランス料理店
に、みんなを招待してくれている。
ギの家でも一回、女房のダニーが腕を振るって、魚のスープの夕べが開かれていた。

ルイ・ビレトはイタリヤからの移民でかなりの苦労を続けたらしいが、どんな苦労も気にせず、楽しげに生きていける人間がいるとすると、それがルイだ。
年齢はレイモンと大体同い年で73才になる。
身長は180センチぐらい、数々の苦労をともして来た人生が、その赤らんだ顔や涙目に、その手に表れている。

2年ほど前に脳卒中に倒れ下半身不随になったが、持ち前の気楽さと、自分でも知らなかった不屈の闘争心でリハビリを乗り越え、今では車を運転し、片手で杖をついて歩けるほどに回復している。
しかしリハビリは、涙が出るほど辛いらしい。
昼飯の約束をした1時15分前、時間きっかりに到着したのだった。

前の日ボク達は、体重過多で身動きが緩慢になったレイモンを放ったらかして、この村から80キロは離れている村の、[麦]収穫祭に出かけた。
運転は82才のスパルタカスで、巧みなハンドルさばきでボクをビックリさせた。
83才になる女房のイベットが後席ボクの隣に座り、ギが道案内かたがた助手席に座った。

スパルタカスの女房イベットは以前、みんなで食事をしている席で、「ハジメはなんて好ましい男なのでしょう」と誉めてくれたことがある。
レイモンがすかさず、「イベットがチケットをくれたぜ」とまぜ返した。
"チケットをくれた"ウインクをしたというような意味なのだが、それがプレッシャーになり、イベットが隣に座ると何となく意識してしまうのだ。
フランスの女性は、日本女性よりはるかに大胆な発言を遠慮しない。

大きな広場には、昔使われていた農耕機具やトラクターが並べられ、麦畑では実地の刈り入れ作業が行われ昔を偲んでいた。
1000人が、2列に並んだテーブルに座って一緒に食べる名物の大昼食が終わったとき、主催者は遠方からのお客を紹介していった。
ギが大きな声で、「この人は日本から来たんだよ」と告げると、司会者があらためてマイクでボクを紹介し、万雷の拍手を浴び立ち上がってオジギをした。
最後を締めくくって市長が、「この刈り入れ祭も6年続けて大盛況で、これ以上の喜びはない」と挨拶をはじめた。
そして遠慮がちに。ボクの方を指差しながら、「今回は日本からも来ていただいて大変光栄です」と締めくくった。
この為に来たのではないのに、主賓のような雰囲気になってきたので、また立ち上がってオジギをした。

ボク達が「刈り入れ祭」の話をレイモンにすると、ルイ・ビレトはワインで心地よくなってきたのか、昔話をはじめた。
「ボクは子供のときから仕事をしていた。家はイタリアの移民で貧しかった。15才の誕生日に、ギのお父さんから靴を貰ったけれど、それまではいつも裸足だった」。
麦の収穫では朝の5時から仕事をはじめ、12時に昼食兼シエスタを取る。少し眠らなければ、とても体が持たなかったそうだ。
2時に仕事を再開し、9時に終わる。そんな仕事を続けていた。
刈り入れで儲かったのはラベンダーだったそうだ。
麦より遥かに楽そうなラベンダーの刈り入れが、どうして賃金が高かったのかは聞きそびれてしまった。
会話が盛り上がっているときは、質問を挟むのを遠慮してしまう。

便利屋のような仕事を続け、結婚し、自力で家を建てた。
フランスの田舎では自分一人で家を立てる人が少なくない。
やがてカロリーヌが生まれ、彼女が成人する頃には隣に土地を買い、家を建ててあげた。

カロリーヌは勉強熱心で、数々の資格を習得していき貧乏から脱出した。
印象は多少地味めだが、キラリと輝く青い目が彼女の内面を表している。
長く付き合うにはこのような女性がいい。
今や花も恥じらう30才で、同じ公証人(Notair)の資格を持つ男性と8月の終わりに結婚する。
ボクも昨年彼女の婚約者に会ったが、コルシカ出身で、カロリーヌと同じタイプの好青年だった。
お互いに収入は安定していて、すでにマルセイユに豪華なアパートを買っである。

ルイが、娘の新居の間取りを説明するとき、自慢にならないように気をつけながら、それでも嬉しさを隠すことはできなかった。
レイモンは結婚のお祝いに500ユーロ(訳65000円)を彼女に送ったそうだ。
ギには、泣きたくなるほど辛いリハビリの話しをしたそうだが、きっと娘の結婚式に杖をつきたくなかったに違いない。

ボクが日本に帰ってきてから、レイモンが電話で、結婚披露宴の華やかな様子を伝えてくれた。
ルイ・ビレトは一張羅の背広に身を包み、杖をつかずに歩いていた。
宴は夜の12時過ぎまで続いたが、この近辺でこのような豪華な披露宴は滅多になく驚かされたようだ。

ルイ・ビレトはこの日、大きな実りを収穫したのだった。

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